熊本地震から1年

マツモトです。

今日で熊本地震から、1年…でした。
ちょうど今夜のような暗く静かな夜に
熊本で大規模な地震のニュースが
被災地から遠い関西の山奥にも関わらず
軽い揺れとともに流れたのでした。

神大震災という体験

僕が20代の頃、大阪のレコード店に勤めていました。
そのころ阪神大震災が起こり、電車も止まり通勤できず、店も臨時休業。
翌日テナントビルの壁にひびが入っていたのを今でも覚えています。

出勤したすぐ、全国通販の担当であった僕らスタッフは
お客さんの安否確認と何かできることはないか、とじっとしてられず
あの頃は携帯もなく、固定電話のみでしたが
約3日間に渡って名簿のひとりひとりに電話をかけていきました。

もちろん、あれから何度か大きな災害を経験している今から思えば
「迷惑」とわかる部分もありますが
かつてそのような大きな災害を体験をしたこともなく
そのことは誰も異に思うことのない総意でありました。

電話をかけていくと、お客さんは大体10代から30代が多かったので
ご無事で電話に出てくださった場合はご本人でなくご家族の方が出ることも多かったのですが

「電話くれてありがとう」

と逆にこちらの心配をしてくださる方々が数多くいらっしゃいました。

数日間はとにかく「お客さんの気持ちを聴いて寄り添う」
そして「自分たちにできることはないか」と
本来の仕事もそっちのけで、ひたすら必死になっていたのでした。

しかし、残念ながら数名の方がその日からまったく連絡を取れなくなってしまいました…。

して熊本大地震では…

1年前の熊本ではその職からも離れて久しかったのですが
当時僕らを心配して連絡をくれた方おひとりとだけ
数年に一度程度ですが近況程度の報告をしあう方がいらっしゃいました。

被災地に近いところで避難区域に入っていたのですが
ひとまず連絡がつき、ご家族含め全員無事とのことでした。

その後数日間、メールのやりとりが続きましたが
最後に書いてくれていた

「早くゆっくりねむりたいです」

のひと言がとても心に刺さりました。

物資を届けたりして応援することはできるかもしれない
しかし
僕らが当たり前のようにしていることを与えることはそう簡単なことではない
ましてや「元通りの環境」「普通の日常」を提供することなど…

阪神大震災の時はただがむしゃらに一生懸命でしたが
東日本に続いて、この時も自分の無力さを思い知らされました。

ジオのパーソナリティとして、今できることは…

今はラジオ番組をやらせてもらっているので
東日本、熊本と番組内でも募金フォローもしていました。

しかしそれも今はアナウンスメントもしなくなりました。

こうやって節目になり、あらためて申し訳なく思います。
これを書いている間に今日また近況を伺った
その熊本の知人からメールをいただきました。
元気で、日常に戻ってはいたものの
今でも警戒していることには変わりはなく

「揺れる前の地鳴りの音が忘れられず、今でも音がこわいです。クルマのドアを閉める音にもドキッとします」

地震大国の宿命と言ってしまえばそれまでですが

いわれのない恐怖…
これ以上はごめん、です。
僕がラジオのパーソナリティをやっていて
募金の案内などフォローをしているといったことに

「ちゃんと他の地域のみなさんからの応援は伝わっていますよ」

と、とても喜んでくれていました。

具体的な募金などのアクションでなくとも
被災していない自分にとっては
たとえ節目であってもどういう形にせよ何か伝えていく役割はあるもの、と考え
行動していきたいと思います。

Alwaysonyourside

今回も自作でメッセージをデザインしました

まずは正直に…ここ数か月、今日のことを忘れてしまっていた自分自身を猛省します…。

マツモトヨシヒコ プロフィール

マツモト ヨシヒコ
マツモト ヨシヒコRadio DJ | Designer | Mental Suppoter | Author etc.
【20代】レコード店勤務【30代】印刷会社デザイナー【40代~現在】はがきマーケティング講師を経て、2013年よりWBS和歌山放送ラジオ「週刊ガラRADIO」メイン・パーソナリティー。【著書】「接客のプロが新人のために書いた接客の本」(共著/重版8刷/アマゾン3位)【資格】日本メンタルヘルス協会認定 基礎心理カウンセラー。

 

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