続・そんなに死を急がなくていいです

マツモトです。
いつもありがとうございます(^^)/

 

前回の続きです。

ロック・スターは何故、早死にするのか?心理学者が解明

(rockin’on.com 「児島由紀子のロンドン通信」2017.08.04 配信より)

ということから
昨日は自分も
多くのロック・ミュージックに
影響を受け

目の前の苦痛や
苦難からの逃避と
同時に
恐怖と引き換えに
その向こうに
あるかもしれない
安息への憧れ

そのような目で
死を見つめていることが
少なくなかった

云々お話しました。

しかしながら
「死は決して美しいものではない」
と知ったのは
僕が大学卒業する直前のころでした。

 

僕が親しくしていた方が
自死してしまったのです。

年明けには
卒業論文の提出が待っていた
お祝いムードもそっちのけの
忙しく寒い寒い時期でした。

詳しいことは書けませんが
遺書のようなものは
遺っていなかったため
本当の理由は誰にもわかりませんが

僕はその方と
おつきあいをしていた時期があったので
きっと
きっとですけれど

 

ひとりでいることに
耐えられなかったのではないか

 

と思います。

 

その日から
僕自身の日常が
大きく変わってしまいました。

「なぜ」
「どうして」

もちろん考えても答えは返ってきません。

そして待っていたのは
周囲からの非難、批判でした。

 

「なぜひとりにしたのか」

 

もちろん返す言葉もありませんでした。
自分自身もそのような
自責の念があったことは事実なので。

こうなることがわかっていたら…。

 

やがて行き場のない悲しみを
受け入れられない人の一部から
公衆の面前で身体的暴力を
受けたこともありました。

さまざまな精神的苦痛から
卒論に向かうことができず
卒業が危ぶまれましたが

当時の事情を知る
一部の友人の励ましもあり
なんとか提出に間に合い
僕は大学を卒業できました。

自分たちもラストスパートで苦しい中
僕が後追い自殺をするのを心配して
昼夜問わず電話をくれました。

助けてくれた友人には
今も感謝しています。

「一緒に卒業しようぜ」

と言ってくれましたが

卒業式には行くことができませんでした。

 

相当長い期間
この出来事が
僕の頭の中から
離れることは
なかったのです。

 

 

それからも何度も
生と死の間を行ったり来たり

というようなことが
たくさんありましたが

最終的に死を選ばなかった理由が
この出来事に起因することは
間違いないです。

 

なぜなら

死んだ人の苦しみは消えたとしても
遺された人間はそこから死ぬまで
その悲しみとともに生きなければならない

と思っていたからです。

そして今では
カウンセリングの勉強などのおかげで
その悲しみそのものからも
自分を自由にさせてやることが
できるようになりました。

ある日五木寛之先生のとある本を読んだ時

「自殺をするとその周りの残された人間はもちろん
 その家族、親戚、友人などいろんな関係をつなげたら
 500人もの人間が悲しむことになる」

とありました。

一見全く関係ない人と思えても
例えば食事の席でその話が出たり
目の前でその死について泣いている人がいたり
そんな人と日常を共にしていたりすると
その周りのみんなも悲しい
悲しみは伝染していく

といったことをおっしゃっていました。

本当にそうだな
と思いました。

 

ロックスターの若死
ということで書き始めたのですが

それは人によっては
自分の友人や仲間、恋人のような存在に
先立たれてしまうのと同じです。

その本人が死ぬのは
画面や音楽のこちら側にいる自分では
どうにもできません。

その事実を受け止めるだけ、です。

僕はあの日の出来事以来

本人の死は美しいとすることに異論はないが
遺された人の悲しみとはどれほどのものだろう

という考えに至ることで
どんな苦しみや悲しみがあっても
自死を最終的には回避する自分

でいることができている
と思っています。

 

僕がこれを読んでくださっている
あなたがどのような生き方をなさっても
止めることはできませんが

少なくとも自ら死を選ぶような
死を急ぐ生き方をすることはない
と思います。

破滅しても
自虐しても
結構。

でも自分の周りが悲しまない

という想像は違います。

500人もの知らない人が
悲しむかもしれないのです。

ある意味テロのようなものです。

 

 

ホントはやさしいあなたは

テロリストになりたいですか?

 

 

彼女がなくなって
しばらくしてから
一番親しかったという友人から
僕と離れてひとりになって
しばらくして彼女が言っていた
という言葉を教えてくれました。

 

「自分とは無理だったけど
 マツモトくんにはしあわせになってほしい
 それだけ~」

 

あれから30年近く生きていますが
きっとずっと僕は

しあわせ

なんだと思います。

 

 

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 気軽にご感想お寄せください。
 僕の ラジオ番組 のほうにも大歓迎です(^-^) 

 

 

さて、最後に今日の一曲です。

BRUCE SPRINGSTEEN
「Drive All Night」

1980年の2枚組の大作で
キャッチ―なロックがベースにありながら
歌詞の内容は当時のアメリカの貧困相を反映した
暗い内容のものが多いのが顕著。
しかしながらこのアルバムの成功が
さらにトーンの暗いアコースティックアルバム
次作「ネブラスカ」とともに
のちの「ボーン・イン・ザ・USA」という
世界的大成功を収めたアルバムにつながります。

この曲は2枚組2枚目の最後から2曲目という
クライマックスを飾る曲で8分を超える
「嵐の中でも夜中じゅう車を走らせて会いにいくよ」
といった意味のドラマチックなバラッド作品。

この曲を聴くたびに彼女のことを思い出します。
「この曲が一番好き」
とよく言っていたのです。

  

 

 

マツモトヨシヒコ プロフィール

マツモト ヨシヒコ
マツモト ヨシヒコRadio DJ | Designer | Mental Suppoter | Author etc.
【20代】レコード店勤務【30代】印刷会社デザイナー【40代~現在】はがきマーケティング講師を経て、2013年よりWBS和歌山放送ラジオ「週刊ガラRADIO」メイン・パーソナリティー。【著書】「接客のプロが新人のために書いた接客の本」(共著/重版8刷/アマゾン3位)【資格】日本メンタルヘルス協会認定 基礎心理カウンセラー。

 

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